問7 甲状腺癌以外では、どのような固形癌で放射線誘発による過剰発生が報告されていますか?

 

要約

原爆被曝者でのフォローアップでは、白血病や甲状腺癌以外に、膀胱癌、乳癌、肺癌、食道癌、結腸癌、肝臓癌などで、過剰発生が報告されている。原発労働者のような低線量被ばく例でも、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫や悪性リンパ腫以外に、食道癌、肝癌、肺癌などで有意なリスク増加の報告例はある。日本の原発労働者調査でも、同様な傾向は指摘されたが、喫煙などの交絡因子の影響が強いとのことで、結論は保留されている。

 

解説

原爆被曝者での過剰発癌のリスクは、臓器によって異なり、乳房・肺・中枢神経・卵巣・甲状腺・結腸・食道・膀胱では、固形癌全体全体より高くなった(文献1-5)。胃や肝臓でも有意に高くなるが、直腸・膵臓・前立腺・子宮では、有意な上昇を示さなかった(文献1-5)。また40万人以上の原子力施設の労働者を対象とした15カ国合同調査では、100mSv以下の低線量被ばくでも、血液系悪性腫瘍以外に固形癌の過剰発生が報告されている(文献6、7)。ただし、この報告に対しては、カナダの極端なデータが全体の結果を引き上げ、有意な結果を示すことになったので、カナダのデータを除くべきとの意見もある(文献8)

原爆被ばく者での部位別癌リスク 被ばく時年齢30歳(男女平均)の人が、70歳に達した時の1 Gy当たりの部位別がん発生率の過剰相対リスク。横線は90%信頼区間を示す。

文献 2) 原爆被爆者における部位別のがんリスク 放射線影響研究所

 

7万人以上の原発労働者を対象とした日本でのコホート調査では、慢性リンパ性白血病以外に、食道、肝臓、肺の悪性腫瘍および多発性骨髄腫や悪性リンパ腫の死亡率が累積線量とともに増加する有意の傾向を示し、この結果は、15か国合同調査の結果と矛盾するものではない(文献9)。特に食道や肝臓では、累積線量1020mSv程度で量-反応関係が見られたが、喫煙などの交絡因子の影響が考慮され、結論は保留されている。また、この研究に関する一連の報告書では、分析方法の限界、偶然有意な結果を示す可能性についてまで言及され、非常にわかりにくい表現となっている。誤解と批判を避けるため、以下に、報告書の該当部分を直接引用する。

 

参考

「(原発労働者では、)慢性リンパ性白血病を除く白血病の死亡率に、累積線量の増加にともなう有意の増加傾向は認められなかった。白血病を除く全悪性新生物の死亡率には有意の増加傾向が認められた。しかし、白血病を除く全悪性新生物から、肺の悪性新生物を除外した場合には、累積線量にともなう有意の増加傾向は認められなかった。また悪性新生物(固形がん)を喫煙関連および非喫煙関連の悪性新生物に分類した調査では、累積線量の増加にともなって、喫煙関連の悪性新生物の死亡率に有意の増加傾向が認められた。しかし、喫煙関連の悪性新生物から肺の悪性新生物を除外した場合および非喫煙関連の悪性新生物の死亡率には有意の増加傾向は認められなかった。このようなことから、累積線量にともなって白血病を除く全悪性新生物の死亡率に有意の増加傾向が認められたのは、喫煙等による生活習慣等の交絡による影響の可能性を否定できない。

一方、非新生物疾患についても悪性新生物(固形がん)と同様に、喫煙関連疾患、非喫煙関連疾患に分類して調査したが、双方の死亡率には累積線量にともなう有意の増加傾向は認められなかった。むしろ非新生物疾患の死亡率は、全日本人男性死亡率に比べ有意に低く、疾患別(10疾患)の死亡率においても有意に高い疾患は認められなかった。喫煙関連の悪性新生物と喫煙関連の非新生物疾患で、死亡率と累積線量との関連が異なるのは、喫煙による影響(リスク)は、悪性新生物が非新生物疾患より大きいことに起因していることが考えられる。

部位別悪性新生物では、前回第Ⅲ期調査と同様に食道、肝臓の悪性新生物および多発性骨髄腫の死亡率が累積線量とともに増加する有意の傾向を示したほか、今回第Ⅳ期調査で新たに肺の悪性新生物、非ホジキンリンパ腫の死亡率が有意の増加傾向を示した。一つの集団で多数の異なった部位を解析した場合、5%の有意水準を用いた検定では統計学的に有意な結果が、20 回に1 回は偶然によっても起こりうる。今回の調査のように多数の検定を繰り返して行う場合には、解析結果を慎重に解釈することが必要である。このため、部位別悪性新生物の16 部位を検定回数として多重比較(Bonferroni の方法)により調整したp 値を求めたところ、食道、肝臓、肺の悪性新生物、非ホジキンリンパ腫および多発性骨髄腫のいずれの部位においても調整後p値は0.05 を超え有意ではなかった(食道がん;調整後p=0.471、肝臓がん;調整後p=0.333、肺がん;調整後p=0.106、非ホジキンリンパ腫;調整後p=0.365、多発性骨髄腫;調整後p=0.406)。したがって、累積線量との有意の関連を示した部位別悪性新生物については、多数の異なった部位の検定を行ったため偶然小さなp 値が得られた可能性も考えられる。累積線量との有意の関連を示した部位別悪性新生物について、死亡率と累積線量との関連をみると、いずれの線量群においてもO/E 比は、有意に1 より高いとはいえない。また累積線量群別のO/E 比の点推定値は、肺の悪性新生物および非ホジキンリンパ腫を除き、累積線量の増加とともに単調増加の傾向を示してはいない。」

 

文献

1)   原爆被曝者における固型がんリスク 放射線影響研究所 RERF Website

2)   原爆被爆者における部位別のがんリスク 放射線影響研究所 RERF Website

3)   Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: an overview of cancer and non-cancer diseases. Ozasa K et al,  Radiat Res. 177:229-43, 2012.

4)   Solid cancer incidence in atomic bomb survivors exposed in utero or as young children. Preston DL et al,  J Natl Cancer Inst. 100:428-36, 2008.

5)   Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998.  Preston DL et al,  Radiat Res. 168(3):1-64, 2007.

6)   Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries. Cardis E et al,  BMJ. ;331(7508):77. Epub 2005 Jun 29. 2005.

7)   The 15-Country Collaborative Study of Cancer Risk among Radiation Workers in the Nuclear Industry: estimates of radiation-related cancer risks. Cardis E et al,    Radiat Res. 167(4):396-416, 2007.

8)   Incomplete data on the Canadian cohort may have affected the results of the study by the International Agency for Research on Cancer on the radiogenic cancer risk among nuclear industry workers in 15 countries.

Ashmore JP et al, J Radiol Prot. 30(2):121-9. 2010.

9)   文部科学省委託調査報告書 原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第Ⅳ期調査 平成17 年度~平成21 年度)平成22年3月   財団法人 放射線影響協会